地震ごっこの意味と対応

学校が再開され、学校で地震ごっこをする子どもがいて、そのことに教師はどう対応したらいいか困惑しているかもしれません。

 

 

Q1 子どもが地震ごっこをするのですが、どうすればいいでしょう。

 

A1 少しほっとできるようになると、地震ごっこをはじめることがあります。危険でなければ、止めないで見守ってあげてください。子どもたちの遊びを見ていると、地震のときの怖さを乗り越えようとするストーリーへと変わっていくこともあります。また、妙に明るく元気に地震ごっこを繰り返し繰り返し続けることもあります。

 

命を脅かされる体験をトラウマ体験といいます。それは、記憶のされ方が、日常の体験と異なっていることがわかっています。比喩的にいいますと、『凍り付いた記憶の箱』といいます。少しほっとして安心できるようになると、記憶の箱の氷が溶けて、子どもであれば地震ごっこをはじめることがあります。大人であれば思い出して苦しくなりつらくなるというフラッシュバックという反応で現れます。まるで、その記憶の箱には入り込み、そのときの恐怖を繰り返して表出しているのです。これは、むしろ、回復する過程の反応、当然の反応ととらえるといいでしょう。

 

ですから、「そんな不謹慎な遊びはやめなさい!」と叱ってはいけません。せっかく、怖かった体験を心の中で整理しはじめようとしたわけですから。

 

学校でそのような遊びを教師が見たなら、おそらく業間の休み時間などでしょう。机をガタガタさせて、「地震だー」と遊んでいるかもしれないですね。その遊びに何人か一緒に遊びだす子もいるかもしれないですし、嫌な顔をしてその遊びを無視しようとする子もいるかもしれません。

 

授業のはじまりに先生は、「さっき、地震だーって遊んでいる子がいましたね。あんな大変なことがあったあと、少しほっとするとそんな遊びをしたくなることがあります。それはとても自然なことですよ。でも、そんな遊びはしたくないし、見たくもないという子もいます。ひとつの災害でも、感じ方がそれぞれ違います。それで、お互いを尊重して、外遊びをする、図書館で本を読む、教室で遊ぶといった工夫をしましょう!」といって、「じゃあ背伸びをしましょう!肩を高く上げて、はい、ストン。落ちついて今度は授業に集中しましょう」と声をかけるのもいいでしょう。

 

ただ、危険な地震ごっこもあります。阪神淡路大震災のあと、机を積み重ねてガタガタと崩して、「地震だー」という遊びをしていた子どもたちがいました。そんなときは、「そんな遊びもしたくなるのはわかるけど、それでケガしてはいけないよね」と気持ちを認めつつ、違った表現を促すようにしましょう。

 

しかし、この遊びを繰り返し繰り返し行い続けるようであれば、「頑張って遊んだね、すごいね、ちょっと休憩しようか」と、膝の上にだっこしてあげて、一緒に両手を伸びしたり、肩をぎゅーと上げて、ストンと力を抜くのをお手伝いしてあげて、リラックス体験ができるようにしてあげてもいいでしょう。そうすると、その記憶の箱から離れて、少し落ち着いて、怖かったことを受けとめることができるようになります。

 

 

Q2 それでは、地震ごっこをさせる方がいいのでしょうか?

 

A2 いえ、地震ごっこに誘うのはよくありません。地震での体験は、自分が全く思い通りにならない、コントロールできない体験です。大切なことは、自分はいろいろなことを自分で働きかけてコントロールできるよ、という体験です。やりたくない子どもに地震ごっこをやらせようとすると、嫌な思いが残るだけです。それはトラウマ反応の『回避』(トラウマ体験と結びついた既に安全な刺激を避ける:“「地震」という言葉を使うのを嫌がる”、“あのことは話たくない”など)を強めます。

 

熊本地震の心のケアのニュースで、ある医師が「故郷のテーマで絵を描きましょう!」「家族であの日のことを語りあいましょう」というメッセージを流していますが、それは1995年当時、デブリーフィングといって推奨された方法でしたが、2001年のアメリカ同時多発テロ以降、さまざまな研究がなされ、国連の災害紛争後精神保健ガイドライン(IASC)で、やってはいけないことと明記されるに至りました。

 

自分のペースで、語りたいときに語れるようになっていくことを応援することが大切です。学校では『先生あのね』『壁新聞』『3分作文』など、日常生活体験を表現する機会があります。そこに、震災体験を描きたい・書きたい子どもが書いていき、それを教師やカウンセラーがしっかり受けとめること(「先生は〇〇と思ったよ」とキャッチボールする営み)が大切です。東日本大震災のときは、1学期の終わり頃、ぽつぽつと震災体験に関する表現が出てきたとある重災地区の教師は語っていました。もちろん、「震災体験に関することは一切話してはいけない、触れてはいけない」も誤りです。これも『回避』を強めてしまいます。

 

(冨永良喜)


子どもたちの地震遊びについて

被災した子どもたちの地震遊び(地震ごっこ)は、阪神大震災当時から観察されています。冨永先生のコメントで取り上げられているような、机を積み上げて崩すといった危険な遊びもあったようですが、多くは避難所に常備してある段ボール箱を積み上げてそれを倒すというような、それほど危険でもない遊びだったと記憶しています。実際避難所を巡回する中で、私自身も何度かそれを目にしました。


この地震遊びは、診断基準上は、恐怖による3つのトラウマ反応(過覚醒=敏感になる、再体験=勝手に思い出す、回避=関連する刺激を避ける)のうち、再体験症状に分類されています。阪神大震災当時、あるいはそれからしばらくは、この地震遊びは、フラッシュバックや悪夢のようにコントロールを超えて現れてくるマイナスの記憶による現象とされて、そこにはあまり積極的な意味は見いだされず、早く消失していった方がよいものとされてきました。

 

しかし現在では、フラッシュバックなどの再体験症状は、トラウマ反応からの回復のプロセスで出てくる自然な反応であって、落ち着いてそれに向き合い、記憶をコントロールできるものに変化させていくことが、回復に不可欠であるとされています。


この観点から地震遊びを考え直してみると、それは単なる記憶の再現というだけではなく、再現されてきたマイナスの記憶に対する子どもたちの対処行動を含む、積極的な意味を持つ行動であると捉え直すことができます。

 

一般的に、「ごっこ遊び」というのは、ヒーローごっこでもままごと遊びでも、子どもが未知の様々な社会的役割を取り込み、身に付けていくときの練習行動であると考えることができます。同じように、地震ごっこも、体験した未知の状況(コントロールを超えたマイナスの記憶の再現も含みます。)、それをどのようにかコントロールできる状態に変えていくための作業であると考えることができます。そしてそう考えるならば、そこに子どもたちの豊かな創造性を見出すことができます。

 

阪神大震災当時の出来事として報告されていることですが、ある避難所で小さい女の子がお人形にティッシュを巻いて、支援に入っていた女性カウンセラーのところに持ってきました。その時の会話を紹介しましょう。 

 

「この子けがしたの、血が出てるの」
「あらそう、痛かったわね。包帯巻いてあげるからもう大丈夫よ。この子のお母さんに言わなきゃいけないね。」
「うん」
 その後この女の子は、ぱっと顔を明るくして、自分の母親の方へ走って行った。
 (報告者:春原千夏、当時宝塚こころのケアセンター)

 

これも地震遊びの一種と考えることができます。この遊びを通して、この小さな女の子は、まずカウンセラーが安全な相手であることを知り、そしてカウンセラーとの関係の中で、けがをした時の対処法を学び、練習していると考えることができます。

 

保護者の方々や先生方は、地震遊びに対して、それが危険なものや、いじめや排除を含む不適切なものではないなら、すぐに禁止をせず見守ってあげてほしいと思います。

 

(高橋 哲 災害心理学)